地図の上から人は見えない 【番外編】




こんな見た目にこんな性格だからか

人生振り返れば、けっこう波乱に満ちているはずなのに

逞しく見えるらしい

実際オレ自信

苦労だと思った記憶が

ほとんどネェ━━━━(゚A゚;)━━━━ !!!!!

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

でもこの震災は自分だけの問題じゃなく

それまで関わりのない他人

縁もゆかりもない他人

そういったたくさんの同胞と支え合って乗り越えなければいけない

ここ何年か

家族の問題を乗り切ってきたからな

( ゚-゚)トオイメ...



PICOが閉鎖し、地味に活動していた中

毎年大きな問題がド━(゚Д゚)━ ン !!!と圧し掛かっていた

気がする(*ノノ)キャ

過ぎてしまえばというか

直面中も問題の大きさに反して特に悩むことはなかった

一昨年

うちのかーちゃんが入院した

お盆に帰省して、いつも通り孫と戯れ

いつも通りアホ満載なかーちゃんに癒され

仙台に戻った次の月

「足の付け根にミニトマトくらいの何かできた」

と電話がきた

調べてみると

鼠径ヘルニアっぽい

年を取ると組織が弱るし

そういう人が多いと聞く

手術して(*´Д`)スキーリすればいいじゃない

と、すぐ医者に行くよう言う

実際医者からも脱腸っぽいね

と言われ、命に関わるものでないということで一安心する



その組織を調べた結果

( ゚д゚)ンマッ!違うんじゃね?

ってことになり

一応で

一応だよ?

ってことで

CTを撮る

( ゚ロ゚ノノ゙☆ハイハイハイハイ

まさかの
























癌です
























あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

( ゚д゚)ハッ!

笑ってる場合じゃないんだろうが

なんだろうなー

癌でもいろいろあるし

早期だったら問題ない場合もあるが

それがどっこい

治癒不可能な

悪性リンパ腫

だもんなー

血液の癌だぞ?

まー

ど━━━(゚ロ゚;)━━んま━━━(゚ロ゚;)━━い

あのクソ恐ろしいおやじも声つまらせて電話してくるし

弟たちは直接聞けずにオレにばかり連絡してくるし

親戚が異常に仲がいいため

従姉妹たちも分刻みで連絡してくる

(゚Д゚)ウゼェェェ

鬱陶しいので一斉送信


あの人は大丈夫


根拠はないがそう言い切れた

人を傷つけたり、ずるい考えや悪さをしたり

そんな人生を送ってきた人じゃない

だから

今死ぬようなことは100%ない

笑ってそう答えられた

実際、種類や抗がん剤の効き目によっては

生存率の高い癌なのは知っていた

一番鬱陶しかったのは当の本人なんだが

MRIって(゚Д゚≡゚Д゚)ナニナニ?

暗いの(*´・д・)イヤァァァァァァ

不安になるとする電話してくる

その都度画像作って説明加えて送ったり

抗がん剤治療の副作用に関しても

その人の体調や薬の種類で違うから

調べて文書にして

何十枚とFAXした

知らないことや経験のないことに対して不安になるのはもちろんだが



という日本の場合2人に1人は癌で死ぬという余計な無駄知識に振り回されていた

だから現実として受け入れるためにも

先に知っておけば後で楽になれるはずだと

いろいろ送った

でも母の元には行かなかった

子供たちが顔を見せれば、弱気になる

そんな人だから

一番の心配はかーちゃんを失うかもしれない不安と戦っているとーちゃんだ

どんなに普段、鬼軍曹なとーちゃんでも

人としていろいろ欠けてるかーちゃんを愛している

とーちゃんなりに大事にしていた

だから帰らなかった

わざと

「家の事も不便になるから、そっち行くわよ」

と言えば

「本家もあるし、飯はスーパーでなんとでもなる。

 かーちゃんは病院で面倒見てもらえるんだし

 何の問題もねーがら

 わざわざ来る必要ない」

そう言う

まー天邪鬼だ

PET-CTの結果

けっこう身体に散らばっている

入院初期は検査検査で

不安だけが募っていた

聞いてもわからない単語ばかり

従姉妹の看護士が母を見舞い

わかりやすい言葉でかーちゃんやとーちゃんに説明してくれていた

「帰ってあげたほうがいいんじゃない?」

と言われたが

死ぬわけないから甘やかさない!

と、ここにもとーちゃん譲りの強情な長女

( ̄‥ ̄)=3 フン

旦那は一度だけだな

「帰った方が・・・。」

やだね

それっきり何も言わない

ありがたい旦那だ

いよいよの時はわかってる

だから今は帰らない

そう決めていた

ある程度、進行具合やステージがはっきりし

治療の方向性も決まり

抗がん剤の種類も落ち着いた

やっとここまでたどり着いたか

って思えば、もう入院して3ヶ月経っていた

二日に一度に電話

メールは毎日

決してこっちから質問はせず

かーちゃんの気分に合わせて付き合った

「あなたの心配は微塵もしてないのよ」

と言うと、大爆笑で

「えーーーーーーーーーーーーー!」

と、子供のようなリアクションをとる

「心配なのはとーちゃんだ!あれを一人にされたら困る

 だから早く退院してくれ」

と言えば

「そうよねー

 んじゃ、頑張るわ( ´艸`)」

そんなやりとりだった

娘が何を見たのか

「千羽鶴作る!」

と言い出し

折り紙を買ってきた

千羽って

千枚折るんだぞ

と言っても

「やる!」

と言って暇さえあれば鶴を折ってた

わかった

応援するよ

と、千枚以上の折り紙を買って用意した

三日後

いっこうに鶴が増えない

おい

もう

飽きたの?

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

(ノд- )はあ・・・

「鶴ってどう折るんだっけ?」

旦那

一生懸命鶴を折る

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

しょーがねーな!!!!!!もう!!!!!!!

夫婦で鶴を折り

旦那が釣りの仕掛けをほぐして

鶴を仕分けしながら飾りつけをした

折る専門に徹したオレは

指紋がどっかいっちゃった?

ってくらい指先がてかてかになった

正月

かーちゃんの一時帰宅が許可された

仙台から病院にまっすぐ向かい

途中で気づく

…(゚Д゚)…ぁ…

鶴忘れた

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

あんなに一生懸命作ったのにーーーーーーー!!

うっかり(ノ´∀`*)



病室まで行くと

おい

おい

あの

軽くワイド仕様になったおばはんは誰だ!!!!!!!

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

かーちゃん

入院中

見舞い客の差し入れ食いすぎて

太ってた

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

100%薬の影響じゃネェ━━━━(゚A゚;)━━━━ !!!!!

顔色よすぎるじゃねーか!!!

抗がん剤の影響ドコ━━━━━(゚∀゚ 三 ゚∀゚)━━━━━???

髪もふっさふさ

6人部屋でみな同じような病状のご婦人たち

買っていったお菓子を

「おばーちゃんがお世話になってます」

と娘がみんなに配ると

なんだろう

かーちゃんってば

人気者なのか

ご婦人方がうちの娘たちにお年玉をくれた

半身不随のばーちゃんのために介護資格をとったかーちゃん

病室で暇だったのか

他の年寄りの面倒を看てたらしい

元々美容師だから

人の話を聞くのも上手いし

病室では重宝されたんだろう

みんなの様子を見てるとよくわかった

風邪が命取り

そんな身体になってしまったかーちゃん

厚着してダルマのようになり

車に乗って実家を目指す

とーちゃん

はしゃいでるのが

バレバレです

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

頼むから

じっとしててくれ!!!!!!!!!

かーちゃんにビールを注ぐなーーーーーーーーーー!!

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

治ったわけじゃないのはわかってても

我慢できずに

顔を見に来る近所のおばちゃんたちが後を絶たず

殺す気かーーーーーーーーー!

と、冗談で追い返すオレ

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

幸せなかーちゃんだな

めんどくせーから

結果から言うと

医者に

「おめでとうございます!」

と、言われ

半年以上の入院を頑張った結果

寛解の称号を得て退院した

今後は転移という恐怖と同居しつつ

5年生存を一つの目標にして長生きする

( ´ー`)フゥー

GWにまたみんな帰省し退院祝いをした

周りはとりあえず安心したし

かーちゃんは精神的に強くなった

「根拠ないけど大丈夫!が現実になったな。さすが!」

と、弟たちに言われたが

オレがそう言わないと貴様らパニックだったろうが( `_ゝ´)フォオオオオオオオオオ!

と思いつつ

半笑いしといた

浮かれる弟たちを見て

かーちゃんがいつも通り家にいる風景をありがたく思った

旦那がオレの頭をヽ(゚∀゚ )ポンポンってした

「頑張ったな」

って

癌告知から

はじめて泣いた

直接何かをしてやったことはほとんどねーが

頑張ったかーちゃんや、支えてくれた親戚や

一人で留守をしたとーちゃんを誇りに思った

いい家族だ

心からそう思った

治ったわけじゃねーんで

手放しで喜ぶわけにはいかないが

それでも病気をきっかけに

関わった人たちもみんな

人生に励みができたはず

CTやらMRIを不安がるかーちゃんに言ったんだ

「還暦祝いじゃねーの?」

って

年相応に嫌でも病気はするんだし

病院と付き合うきっかけがあれば長生きに繋がる

定期検査も通院も死ぬまで続くんだし

これから何があっても

早期発見は確実だから

いいことなのよ

そう思った

「なんか難しいけど、いいことに思えてきたニヤ(・∀・)ニヤ」

単純な母で(●´Д`●)ヨカッタ…

あははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは

ホッとした


のは、数ヶ月のみ



去年の秋

今度は

旦那のかーちゃんが

まさかの






























失踪


























こっちは笑えネェ━━━━(゚A゚;)━━━━ !!!!!

ヽ(`Д´)ノウアァァァァァァン




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by kanon_suzu | 2011-06-26 23:19